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長谷川テルさん顕彰の会のご紹介

 才気煥発、多感で行動的な女性。1912年生まれの長谷川テルさんは奈良女子高等師範学校在学中、短歌や詩に熱中。学友と、日本の対外侵略と国民抑圧政策に不満を持ち、国際共通語エスペラントに触れ、左翼文化運動にも接触した。明治維新(1868年)以降、日本は神権天皇制のもと近代的軍事力を持ち、対外的には日清・日露戦争、朝鮮を植民地とし、軍国主義がはびこり、国民には治安維持法で言論・行動を弾圧した。テルさんは4年生の夏休みあけ、治安維持法違反で検挙され退学となった。

 友人と「抑圧的・閉塞的な社会のありようと闘おう」と誓い合った般若寺にテルさんの業績を称え、記録し、後世に残すための活動です。 

テルさんは日中戦争のさなか、夫の劉仁と中国にわたり、日本人兵士に「あなた方の敵は海を越えたこちら側にはいません。愛する家族のもとにお帰りなさい」と連日ラジオ放送で訴え、国際社会に向かってはエスペラントで日本の中国における蛮行を告発しました。貧困と病苦の中、国際平和を訴え続け35歳で生涯を終えました。

​                   奈良・長谷川テル顕彰の会 会長 宮城 恭子

般若寺にて.jpg
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